このブログを書き続けている間に、私の中で何かが変わったのでしょうか?
なんだか “母” よりも “C子さん” の方がしっくりする気がしてきました。
ここで、ちょっとC子さんの生い立ちをご紹介。
齢80を過ぎれば、一通りの苦労は誰にでもあります。
ただ、C子さんの場合は生まれた時から、外見でわかる障がいを持っていました。
もの心ついた時から、無遠慮な視線や差別にさらされたことでしょう。
そういう時代です。
その経験は、C子さんの心に厚く鎧をつけさせるに十分です。
また、C子さんの生母は産後すぐ亡くなってしまいました。
2人の継母に接して愛情というものを知らずに育った事で、慈愛や寛容からは無縁になっても不思議ではないかもしれません。
実の姉二人とも馬が合わないのですが、唯一義兄だけは理解をしてくれ心許す存在です。
C子さんにとって快不快の基準は、自身の感情と損得、有利か不利かが判断の材料です。
マイナスと思えば怒り、判断できないときも怒りで表現してきました。
同じ境遇の父との結婚生活が、幸せだったとは私には思えません。
ただ父も同じかそれ以上に、自身の運命に涙を呑んでいたことを私は知っています。
人の気持ちを思いやるとはどういうことか‥未だ知らずに現在まで来てしまったのであれば残念なことです。
ただ幸いにも、ユーモアがありました。
C子さんのユーモアは、本人だけでなく周りの人間にとってもある種救いでした。
父が亡くなり一人暮らしになってから、感謝の心が加わったのは良きことだったと思います。
そして今、重かった鎧を少しずつ手放しているC子さん。
自身に課せられた重荷を下ろすことが出来るようになったとき、人は幸せになれるでしょうか。
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