離婚するんでしょ?『卒婚』ってどういうこと?

卒婚

ご存じの通り卒婚とは『夫婦がお互いの自由を認め合い干渉しないで婚姻関係を継続する』こと。

離婚とは別物です。

私は今、離婚裁判中なのですが、このブログの離婚に関わる記事のタグは〝卒婚〟なんですね。

は⁈ どういうこと?ですよね。

籍を抜きたい、赤の他人になりたいと裁判までしているというのに。

  

3年前相手方が軽率に「別居だな」と言い、即座に「そうだね」と受けて立った(笑)あの時。

よ~し、わかった。上等だ。

息子が大学を卒業したら別居しよう!

未来のドアをバーンと開けて、広がる景色に一歩踏み出したことで目が覚めたように感動する私。

その姿は「別居する!」と大見えを切ったまま、鼻息荒く足踏みをしているかのようです。

どの方向を目指すのか、とりあえず進んでみなきゃわからない。

行く先にはもしかしたら離婚もあるかも‥くらいの感覚だったと思います。

卒婚します。《タイムリミット:2023年4月》
リタイアした配偶者と卒婚を決意した私、57歳。DVや女性問題があったわけではない。だが長い結婚生活で抑えてきた自身の気持ちは配偶者のある一言で溢れ出てしまった。もう二度と元に戻ることはできない。

当時で26年間、私は相手方の言動に繰り返し挫折しながら〝幸せな普通の家庭〟という希望にしがみついてきました。

どこまでいっても手が届かない現実から目をそらしたまま。

首の皮一枚の希望で紡いできた家族のカタチは、あの瞬間、自分の発した「そうだね」という言葉を合図に崩壊して本当の姿を現します。

そのことに自分自身が驚いて、事の本質を受け入れるのに時間がかかりました。

まるでパリ五輪の生首さながらに、現実から離れてしまった希望を持ちあぐねているかのように。

   

それ以降相手方は〝将来別居する同居人〟となり、私はどのように別居するかを考えます。

実家に帰りたければサッサと行けばいいのに

別々になってちょうどいいわ

相手方とほとんど口を利かなくなっても、この程度の認識でした。

「相手方と話し合おうとはしなかったのか」

そう思われる方もあるかもしれません。

相手方の態度はどんな時も〝自分が良しとする意見なら認めてやってもよい〟というもの。

日常の些細な事から将来に関わる大切な話まで、それは同じでした。

話し合おうとして一方的に断罪されて終わるという事を、私も子ども達もイヤという程経験しました。

そもそも相手方に話し合う気などなかったのに。

  

【離婚・自立・健康・お金持ち】私の本音と将来に対する願望
私の家には昨年(2020年)の初詣の時に家族ひとり一人に買ったお守りがあります。箱の中には、[明治神宮の御神木でつくられた特性木札]と[明治神宮]と書かれた特性の布でできた袋が入っています。この木札に自身の願い事を書き、袋に入れ身に着けるのです。

そしてある日、私はやっと自分の真の願望が何なのかを知ったのです。

未来の扉を開けてから10カ月もかかりました。

こうなった以上こちらの手の内を見せるだけに終わるようなことは避けなければなりません。

事は着実に、秘密裏に進めていくのが最善と結論が出ます。

最短安全に離婚を勝ち取るため、始めから専門家に相談すると決めました。

初めて買ったアルチェネロのバジルペースト。美味しいです!モリモリ食べます。

この辺りから、それまでどこか受け身だった自分が明らかに変わりました。

将来を〝自立していけるか〟という視点で客観的に考えるようになります。

新居を借りる初期費用、毎月の家賃と生活費、家具や家電の購入費‥

加えて弁護士費用を確保しなければなりません。

自身の給料と独身時代の貯蓄など、かき集めればなんとかなるとソロバンをはじきます。

家を買っていなかったことも功を奏しました。

住んでいた不便で古い賃貸マンションに愛着などありませんでしたからね。

この日は前日のきのこソテーの残りを入れて美味しいパスタになりました❤

〝家族のカタチを変える〟(別居)→〝自分の生き方を変える〟(離婚)

一見このような変化にも見えますが、実はもっと根深い変化だったと今では思います。

それを話し出すと長くなりますので(笑)機会があればまた書いてみたいなと思っています。

   

というわけで、このブログでは3年前にまず別居・卒婚について書き始めました。

そのときのタグ〝卒婚〟を残したまま離婚を目指すことになり今日に至るのです。

  

  

  

  

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