《配偶者の裏切り》~プロローグ~話す気になったのは家族との関係の変化でした

卒婚

たまたま娘のポッペと2人で、最近の配偶者と家族の関係などについて話していました。

ポッペは父親に対して、ずっと小さいころから内なる思いと闘ってきた経緯があります。

そのことを思春期の頃から少しずつ私に話してくれるようになり、成長と共にその思いや考えも深くなっていきました。

  

配偶者は根本的に自分軸でしか考えられないため、子どもに寄り添うとか子どもの目線に合わせるとはどういうことかわかっていないようです。

配偶者なりの愛情がなかったとは言いません。子どもが生まれたときには、写真をもって会社に行き「かわいいだろう」と周りの方に見せては自慢していました。

でも家で幼いポッペやボーを膝にのせたり、一緒に遊んだりということはほとんど記憶にありません。

小学生だったころ勉強を教えたり、キャッチボールをするということも全くありませんでした。

「つまり興味がなかった」と言われたら配偶者は「そんなことはない!」と言うでしょう。

でも普段の休みの日は、配偶者自身がやりたいことをする時間にすぎませんでした。

子ども達は思春期になり、身の回りの様々な出来事に翻弄され悩みます。誰もが通る道ですが、その姿は痛々しく、私も支え励ますのに必死です。

確かに、このころ配偶者の仕事は責任ある忙しいものだったと思います。

「女・子どもの話」「要点は何なんだ」そのころ配偶者がよく言っていたフレーズです。

それでも子どもには父親の助言が必要なときがあります。大切な相談事があるときでも、昼寝をしている父親に子どもの方が気を遣っていました。

意を決して話しかけて「相談してよかった」と子ども達が思ったことはおそらく一度もないでしょう。

イビツな家庭で育った私には『普通の家族』は夢であり、希望の象徴でした。

それを崩してしまえば、すべてが壊れてしまうと思っていました。

普通でいることに汲々として根本的な問題に目をつぶっていた私自身にも、ポッペやボーが抱えた苦悩に対する責任の一端があるのです。  

ポッペもボーも長い間それぞれ苦悶し、勉強し、様々な経験を積み、自分なりの道を歩んでいます。

未だ道半ばとはいえ、自分の考えと言葉を持つ大人に成長しました。

そうなるまでの葛藤は本人たちにしかわかりません。

ただハッキリしているのは、その成長を見守ることのなかった配偶者だけが、「父親の威厳」が幻だと気づいていなかったということです。

  

ポッペとボーの父親へのアクションのしかたは全く違います。

昨年くらいまでは私が仕事から帰るなり、ポッペと配偶者の口論が「修羅場だった」とボーから教えてもらい、ポッペは自室で傷ついた小鳥のようになっていることもありました。

それは「父親と娘」のフェイズはとうに終わり、「人間対人間」の軋轢だということを配偶者には理解できていないでしょう。今ではそれも終わったのだとポッペが教えてくれました。

ボーは急速に劣化していく父親を完全に超えたと自覚したように、事が起これば研ぎ澄ませた言葉の刃をのど元に突きつけ一歩も引かない段階です。

    

ポッペが私に「去年までポヨが家族に希望を持ち続けてくれたから、ポッペもボーも真っ当にここまで来られたと思う」と言ってくれたのが心に残りました。

「希望を持っていたのは去年まで」というのは‥‥今年に入ってすぐ私の中で、配偶者は家族ではなく将来別居する他人になったからです。それは配偶者が私に言った言葉がきっかけでした。

卒婚します。《タイムリミット:2023年4月》
リタイアした配偶者と卒婚を決意した私、57歳。DVや女性問題があったわけではない。だが長い結婚生活で抑えてきた自身の気持ちは配偶者のある一言で溢れ出てしまった。もう二度と元に戻ることはできない。

ボーは心の内をごくたまに話してくれましたが、ここ数年は姉弟で話すことの方が多かったでしょう。

今までポッペとは何度も、ボーとは折々に家族のことを話し、最近では3人で配偶者のことについて話す機会も増えました。

でも一つだけ、ふたりに配偶者についてまだ話していないことがあり、この話はずっと自分の心の中にしまっておくつもりでした。

でも今、それを話そうという気持ちになったのです。

  

私がそれを話さなかったのは、子ども達にとっての父親の最後の牙城を崩さないため。

でも2人ともすっかり大人です。もういいでしょう。

正直、私も脱ぎ捨てたい。胸の奥にしまった負の出来事や感情を、この2021年に置き去りにしてしまいたい。

こころの中の希望の炎が消えた今、これを抱えている意味はないと気がつきました。 

  

このブログをポッペは近いうちに見るでしょう。

ボーは私がブログを始めたことは知っていますが、一度も見たことはないようです。

この話はふたりに話すのではなく、ふたりがこれを読むときがそのタイミングなのだと思っています。

  

  

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