卒婚 ⇒ 離婚

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調停の申立てが完了した、との知らせ。

離婚に向けて大きく前進しました。離婚調停の申立てが完了したと知らせがあったのです。いよいよ裁判所に私の訴えが届けられました。これで今後は司法の手に委ねられるのです。相手の出方も未知数、すべてはこれからです。
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H弁護士からの連絡と相手方の変化。

先日、H弁護士から手続きに関して連絡がありました。調停を申し立てするにあたり委任状を用意する必要があるということ。もう1つは相手方から、前の住所に送られた私宛の郵送物を預かったというものです。
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相手方が選ぶ結論と私の責任。

相手方は別居後どうするか―想定できる状況に対処していただけるよう弁護士の先生に前もって相談しています。それでも相手方のこころの中まではわかりません。この先にはどんなことが起こり得るでしょう。
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わたしの『1Q84』⁉

引越して3週間。私にとって5回目の引越です。今回は新しい生活に慣れるのにずいぶん時間がかかりました。自分でも戸惑ってしまう程です。今までのどの住まいよりもすべての面で満足できるというのに。
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食器棚もテーブルも、椅子さえないけれど。

私の新しい住まい、1DKのマンション。約6畳の部屋を息子とシェアして、6畳に満たないダイニングには家具がまだありません。引越し前、家具や家電をイチから揃えるためかなりの出費を覚悟しました。
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3者3様のこころ模様。~正気・疲労感・姨捨山~

3人とも何か重たいものがズドンとこころに残ってちょっとキツイ。私は赤の他人でも、ポッペとボーは切っても切れない肉親である以上、感じ方、とらえ方が私とは当然違います。ポッペとボーの間でも、やはりかなり違うのです。
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心に刺さった、目に見えないトゲの毒。

相手方からH弁護士に託された、私宛の手紙。 縦書きの便せん2枚半に、細かく癖のある字でビッシリ書かれています。PDFで見てもどこか生々しく、私のこころは大きく動揺しました。感情はミリも動かないのに‥
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イヤな予感、的中。相手方から送られた手紙。

イヤな予感は、別のモノでした。H弁護士の元に、相手方から私宛の手紙が送られていたのです。H弁護士からのメールにPDFが添付されています。私はうんざりした気分でH弁護士に開封を依頼しました。
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私と息子、別々の世帯になったらしいです。

新しい住まいで始まった、私と息子(ボー)との生活。1DKを大人2人でルームシェアです。そんなこと、できるの⁉(笑)今回、転出届を出す時ちょっと失敗してしまって。私とボーはそれぞれに転出証明書を発行してもらい、転入手続きも別々になりました。
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新しい道は山あり谷あり?

昨日のショックからすぐに切り替えられない私。でも現実はここからが第2幕の始まりです。別居後は離婚に向けてシフトチェンジしていかなければなりません。相手の出方は未知数です。スムーズに事が運ぶわけないかも。
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大学の授業料が引落されていない問題。

入念に準備して決行された別居から1週間。間違えて持ってきてしまった配偶者の通帳は教育費専用にしていたもの。念のため通帳記入して確かめると、絶対に起こりえないことが。授業料が引き落とされないままになっています!
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父親との決別。息子(ボー)の場合

父親との思い出がないというボーの子ども時代。手の平を返したように干渉された大学生活。それは成長した息子に関心を持った父親の姿ではなく、配偶者自身が唯一手にできなかった青春の記憶を塗り替える作業に過ぎませんでした。
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父親との決別。娘(ポッペ)の場合

別居当日。配偶者は私と連絡が取れないと分かり、娘のポッペに電話をかけてきます。それがわかっていたので私とボーは着拒にしました。その決心がつかないと言っていたポッペは、このところ一番ナーバスになっていました。
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別居当日 part2

私の新しい出発を娘のポッペと息子のボーの3人で祝うときがやってきました。山あり谷ありの21カ月でした。配偶者が現実を知るのは早くても19時。3人で配偶者との連絡手段をどうするか打ち合わせていました。
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別居当日 part 1

「配偶者と別居する」そう決めてから足掛け2年。とうとうその日がやってきました。綿密に計画して、時間をかけて準備をしたはずです。一方でタスクをこなすことに追われ、感情の高ぶりや緊張よりどこか冷静に迎えた当日でした。
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