本心で生きて行くことと、本音をさらけ出すこと。

あれこれ

4月も半ばになって、すっかり暖かいですね。

そろそろ布団カバーを夏仕様に替えたいな。

とはいえ付け替えが面倒で、ついつい先延ばしにしています。

  

洗面所の下の収納に〝お風呂の防カビ燻煙材〟を見つけました。

先月使うつもりだったのに、すっかり忘れていました。

冬の間とてもお世話になったセラミックファンヒーター。

そろそろ掃除して片づけようかなと思いつつ、今日も横目で見て終わりました。

ボー
ボー

いいじゃない。

やりたいようにやりなよ。

別居して本当に表情が明るくなって、私は嬉しいよ。

今の生活は、基本一人暮らしをベースにしています。

息子のボーも一緒ですが独立までの仮ぐらし、気楽です。

かつてのような「〇〇しなきゃ」という考え方は捨てたのです。

引越しを機に家電を見直して家事に費やす時間が少なくなりました。

解放感、それが想像していた以上に幸せに感じます。

以前の私は自分のことを認めてあげられませんでした。

日々の生活で〝やらなければ〟を最優先にして、自分の気持ちは一番後回し。

それが積もりに積もっていることにも気づかずに。

自己肯定感が低い人は、小さなことでも自分をほめてあげると良いと聞きますね。

以前こころが沈んだ時にそれを思い出して、自分をほめてみました。

でもすぐ、ばかばかしくなって返って惨めになったのです。

  

過去の自分と今の自分、別居したということ以外に大きく違うことは何でしょう?

それは「自分の本心で生きているか否か」です。

長い間、私は本心を言うことに抵抗がありました。

本音をさらけ出して生きる実母の姿がキライだったのです。

存在を否定される日常で傷ついた私の本心は、奥深くにしまい込まれます。

本音をさらけ出す=野蛮と、どこか軽蔑していたところもありました。

本心で生きて行くことと、本音をさらけ出す生き方との歴然とした違いが見えていなかったのです。

今は本心で生きて行くことこそ必要な事とわかっています。

自分の本心をキチンと知りそれを認めるからこそ、考え方の違う人との距離感を適切に保つことができるのです。

どちらか一方が正しいと考えるのではなく、違いを認識する。

本音をさらけ出して他者にストレスを与える生き方とは、全く別物なのです。

  

本心で生きられると、自分を肯定できて大切にできるのですね。

些細な気づきにも素直に感謝して、受け入れている自分に幸せを感じれられるのです。

無理に褒めるのではなく気持ちが先に認めているのですね。

そして少しずつ、より自分に優しくなるという好循環です。

辛いとき、行き詰まりを感じる時、自分に問いかけるチャンスです。

「私は本当はどうしたいのかな‥何が辛いのかな‥」

紙とペンを用意して、ただ思いついたままに。

しばらく何も出てこなくても構いません。

本音が奥深くから出てくるには少し時間がかかるのです。

そして、1つ2つと出てきたら、あとは意識しなくてもきっとどんどん出てくるはずです。

自分でも気づかないような言葉が出てきてハッとするかもしれません。

そのときはもう、新しい1歩を踏み出しています。

 

  

  

  

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