元日の初詣。3人でおみくじを引きました。
娘のポッペと私は大吉、息子のボーは末吉。
しかもボーは〝願い事は叶わず〟!
この春卒業し、既卒として就活をする年なのに‥と思っていました。
それが、そもそも卒業できないことが判明。
卒論がうまくいかず、単位を取得できないことが分かったのです。
以前からゼミの教授と意思疎通が難しいと嘆いていました。
ゼミ自体も「選択を誤った」と後悔していたり。
バイトして学費を作ります。
だから、あと1年大学に行かせてください。
お願いします‼
そう頭を下げられました。
他の科目はすべて単位取得できる予定で、来年は卒論のためだけに残るのです。
実は3年生のとき留年して、既に1年ダブっています。
そのときは、もちろん別居する前です。
父親との確執も表面化し、精神的にも不安定になっていました。
父親はボーが第一志望の大学に合格したとき、自分のことのように喜びました。
受験の秋ごろには「無理だと思う」と私に言ったことなど忘れたかのように。
入学式に来ていくスーツも一緒に買いに行き、カリキュラムなども知りたがりました。
選択科目を決めるコツ、適正な履修時期など事細かに教えたり。
休日家に居るときは1日中校歌のCDを聞いていたり、シラバスを読み込んだり。
自分の大学時代の話を交えつつ、バイト先、床屋に至るまで口を出しました。
幼いころから父親との思い出がほとんどないボーは、急激な干渉に戸惑いながらも嬉しかったそうです。
やっと認められた、今までは自分が子供だったから相手にされなかっただけだったのだ、と。
そしてゼミ選びで、「就職を見据えてこのゼミを選べ」という父親に従ったのです。
昨年の今ごろ、ボーが漏らした言葉を思い出しました。
そのことを、なんど後悔したかわからない。
もっと早く、せめてあと半年早く、父親の本当の姿に気づいていればと悔しくて眠れなかったよ。
ボー自身の興味や、モノサシなど歯牙にもかけず自論を絶対と言い切って選ばせたゼミ。
そこで「自分で決めるよ!」と反抗できなかったボー。
3年生になり、すべてを理解したボーは絶望のどん底でした。
父親が見せていた喜びも干渉も〝息子の快挙に向けたもの〟ではなかったのです。
ボーに自分を投影して、まるで自分が合格し通っているかのように追体験したがっていただけでした。
以前と変わらずボー自身への理解も興味も、そこにはなかったのです。
始まったゼミも自分には合わず、コロナもあって情けない1年だったと。
私に留年を報告するボーは、反省し出直させてほしいと言ってくれました。
ただ父親に対しては感情が爆発しないよう抑えるのが精いっぱい、謝る態度ではありませんでした。
その気迫に気おされたのか、理解ができないのか、予想に反して大バトルにはなりませんでした。
そして不可解なことに父親が中退を勧めるのです。
本人が心を入れ替えて勉強すると言っているのに、親が中退を勧めるなんて!
よく聞けばその言いぶりから、ボーの大学を中退した知人への憧れがにじみ出ていました。
ばかばかしい‥!
私は「お金を出さないなら、私が出して絶対に卒業させる。出すの?出さないの?」と迫りました。
すると「少し考える」と煙草をもってベランダへ出ていくのです。
いったいこの状況で何を考えるというのでしょう。
ベランダから戻り私に言ったのは、父親としてボーに伝える言葉でした。
これを私から伝えろというのです。
父から息子への言葉として聞いたままを私がメモし確認して、ボーに伝えました。
それを聞いたボーは涙を流しました。
そして2年を待たずに私と共に家を出たのです。
今までの経緯、ボーの性格、そして今回のような結果。
それでも、私は希望を持っています。
この一連の出来事を、これからのボー自身の力にきっと変えていってくれると。
そのための時間が与えられたのだと。
甘いのかもしれません。
でも、私は信じています。
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