「父親との思い出がない」というのが子どもの頃の感想だという息子のボー。
息子である自分という人間に、関心がなかったんだろうと。
幼いころ遊んでもらった記憶も、大きくなりキャッチボールをした記憶も、勉強を教えてもらった記憶も何も無い子供時代。
小学生のころ夏休みに2・3回、市民プールに「連れていかれた」ことと、「世界で一番ツマラナイ野球観戦」の記憶があるばかりと言っていました。
営業畑一筋だった配偶者。
働いていた会社の接待枠の中に、神宮球場のバックネット裏の席がありました。
どういう経緯かは知りません。とにかく「野球、観に行くぞ」と。
そう言ってボーを連れて2人で出かけたことが何回かありました。
日頃仕事が忙しく、大して話もできない息子とコミュニケーションを図る良い機会です。
帰ってきたボーに「楽しかった?」と聞くと決まって小さな声で「うん」と言っていました。
ボーがそのときのことを話したのは、ごく最近になってからです。
2人で出かけても何も話しかけてこないんだよ。球場に着いても選手や野球のこととか何も。まして学校はどうだとか一度も聞かれたことがないよ。
ずーっとスポーツ紙見ててさ。何のためにここにいるのかって思ったよ。
私が勝手に想像した『父と息子だけの時間』など存在しなかったのです。
食事は最寄駅のスーパーで焼きそばや唐揚げを買って電車に乗り、持ち込むそうです。
私が一度だけ、球場に売ってる食べ物を買ってほしいと言ったことがあるんだ。
そしたら「こういうところの物は高いから買わない。」って言われてさ。
それでも食べてみたいと言ったら「じゃ自分のカネで買って来いよ」って言ったんだよ。小学生の私に。
その時の感情を思い出したように片頬で笑って少し首を振ったボー。
その次に野球観戦に誘われたとき、「行きたくない」と言ったら舌打ちされたそうです。
ずっと向き合うことのなかった配偶者が、手の平を返したように干渉してきたことがあります。
大学受験です。
受験する大学と日程を予備校と相談する頃には、配偶者が各大学の学部ごとに受験日を表にして緻密な受験スケジュールを組んで見せてきました。
当時のボーは勉強に専念できることを感謝していました。
春になり、第一志望の大学に合格。配偶者も相当嬉しかったようです。
大学の校歌が入ったCDを買ってきて、休みの日は一日中聞いていました。
入学式のスーツはコレがいいとか、授業の決め方はこうだとか、時間割を教えろとか‥今まで見せたことのないような過干渉ぶりでした。
喜びもつかの間、そのころ配偶者は30年以上勤めた会社を不本意な形で退職します。
現役のころ配偶者は、自分のことを平気で「オレは周りから愛されている」と何度も言っていました。
相手が上司でも同僚でも部下でも、言いたいことを言って許される存在だと。
確信にも似た〝周りからの人望〟は退職と共に消え去っていきました。
ボーは丁度その頃まで、配偶者のことを「極めて不器用な人」と解釈していたそうです。
今までボーに関心を示さなかったのは、小さな子どもへの接し方がわからなかったのだと。
大学生になり話が通じる年齢になったため興味も持ち、干渉するのだと。
ゼミ選びについても配偶者の〝アドバイス〟を尊重して就活を念頭に選んだそうです。
でもその本当の意味を理解したのは、そのあとでした。
コロナの影響で、私以外の3人が狭い家の中で顔を突き合わせる毎日。
配偶者は新しい仕事に慣れてきたと同時に、急速に老いていきます。
家族の中で優位に立とうと、話すこと、考え方、すべてに頑迷さが目立つようになりました。
そしてついに、ボーの我慢の限界がやってきます。
大学のこと根掘り葉掘り、いい加減にしてくれませんか。
自分で判断して決めますよ。
あの大学に通っているのは私であって、あなたじゃない。
それを聞いて「あなたとはなんだ!」と激昂する配偶者。
そこに反応するの?と脱力するボー。
それ以後はことごとくバトルし、ボーが長年自問自答して得た言葉の力に配偶者は歯が立ちません。
同時期、娘のポッペとのバトルでは男性優位の考え方で何とか持ちこたえていたようです。
いつも捨て台詞を吐き、ベランダへ逃げるようにタバコを吸いに出ていたそうです。
そしてついに決定的に決裂しました。
きっかけはポッペの叫びを聞こうとしない態度に、「いい加減にしろよ!」と割って入った時でした。
ボーに言い負かされ「偉そうなことを言う前に、サラリーマンでテッペン取ってみろ!」
会社員になってテッペン取ったとか、愛されてたとか、そんなの幻想だよ。
退職してから一度でも元の会社の人から誘われたことありますか?
誰もやりたくない役回り、首切りのために社長にされてあなた自身も詰め腹を切らされた。そういうことだろう!
配偶者が目を背けていた現実の刃を、のど元まで突きつけたボー。
つかみ合いのケンカになります。
そこで男同士の決着はつきました。
別居した夜、しゃぶしゃぶを食べながら「着拒にしなくても、自分に連絡してくることは無いと思う」と言っていたボー。
それでも実際ポッペに配偶者から連絡が入り、長い会話の後戻ってきたポッペの話を最後まで聞いた後、
念のために確認するけど、私のことは何もいってなかったよね?
ボーの部屋も空っぽになっているとは言っていた‥
「これが父親か」という虚しさと、その父親とボー自身との関係の哀しさを受け止めるように、再び片頬だけで静かに笑って少し首を振ったのでした。
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