いま〝離婚に向けた話し合いのテーブル〟に相手方がようやく着席した、という段階です。
確かに大きな一歩、進展ですが‥
相手方はそれを離婚交渉だとは思っていません。
「離婚はしない」という主張を続ける相手方。
「28年間連れ添った」というのがその理由です。
この感覚は全く共感できないのですが、少し理解できる部分があります。
それは「相手方であればそう考えるだろう」と思えるということです。
相手方の嗜好で、私が馴染めなかったものの中に〝古臭いもの好き〟がありました。
古くてもビンテージ物やアンティークのように価値や味わいのある物ではありません。
そもそも新品で購入するとき手にするものは廉価のものばかり。
質の良し悪しで検討するという買い方ではありませんでした。
《お気に入り・その1》ヨレヨレのTシャツ。
毎日のようにパジャマ代わりに、休日の部屋着にと愛用し見事にガーゼのように薄く柔らかくなっていました。
《お気に入り・その2》ボロボロのジャージの短パン。
Tシャツ同様、長年の洗濯で生地は薄くムラになり、ポケットは穴が開き、ウエストの紐を通す部分もハゲハゲでした。
どちらも、どう見てもボロにしか見えないような代物です。
それらをボロボロになればなるほど、嬉しそうに愛用していました。
他のTシャツや短パンを身に着ける機会は少なく、気に入ったものだけが極端に古びていきました。
それが今回は私だということです。
28年間も連れ添って、自分に馴染んでいるから手放したくない。
それはただの惰性であり執着であって、赤ん坊がおしゃぶりを取られたくないのに似ています。
結婚以来、当たり前にあったはずの日常に未練があるだけです。
その他にも世間体の悪さや不便さなど、離婚したくない要因は1つ2つではないでしょう。
本籍地になっている相手方の実家は小さな田舎です。
離婚したらすぐに噂が広まってしまうでしょう。
相手方はそう遠くない将来に実家に帰ることを考えているようでした。
とはいえ別居直前の生活は、相手方も認めている通り家庭内別居状態でした。
寝室はもちろん、食事も別々の時間に別々の部屋で食べてほとんど口もききません。
そのような生活がそんなに恋しいでしょうか。
そんなわけありません。
一人で生活するより、最低限の洗濯と料理が付いているだけ便利だからでしょう。
私は今の生活になってから、自分の気持ちに沿って生きることを知りました。
プライベートの時間は、自分がしたいように使えるのです。
今は息子のボーが一緒に暮らしていますが、価値観が似ているので苦になりません。
ふたりとも前の家の生活とは比較にならない快適な暮らしにとても満足しています。
こころは、過去の生活と完全に決別しているのです。
相手方にとって、別れない理由は様々あっても元に戻ることは絶対にありません。
調停であれ、裁判であれ、必ず帰結は離婚になるのです。
それがいつになるかの違いだけ。
そのことをまだ相手方は理解できていないようです。
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