仕事帰り。
いつもこの時間帯、最寄り駅はとても混雑しています。
電車を降りるのは仕事を終えて帰宅する人、これから仲間と繰り出す人。
様々な年齢層が入り乱れています。
ホームには、エスカレーターに続く長い列。
その横の階段を人々が塊になって下りていきます。
途切れなく改札口から吐き出される人の波。
構内は、人待ち顔で立っている人や家路を急ぐ人で溢れます。

左に進むと商店街と繁華街、右の出口はスーパーや商店が点在する住宅街。
私は流れの一部となりながら、改札を出て右に進みます。
そのまま駅を出てスーパーに向かうつもりでした。
でもなぜか出口付近で一旦立ち止まる人が多いのです。
よく見ると雨が降っています。
会社を出るときは降っていなかったのに‥

私も背負っていたリュックを体の前に移動させて、折り畳み傘を出しました。
その時、何かがいつもと違うと感じてなんとなく周りを見わたします。
すると今通り過ぎた太い柱の根元に、若い人が座っていました。
ジーンズにスニーカー、薄いダウンジャケット。
右足を立てて座り、右ひじをその上にのせて、顔はうなだれています。
マスクと髪の毛で表情は分かりませんが、目をつぶっているようです。
一瞬、酔っ払いが寝ているのかと。
でも力なく垂れた彼の左手は、破いた1辺のダンボールを持っていました。
そこにはボールペンで書いたような細い字が書かれています。
そして、地面にはオモチャの茶碗のようなものが置かれていました。

私は正直迷いました。
このまま傘を広げて出て行こうかとも思いました。
もう一度彼を見て、傘を握り直し、少し考えて財布を取り出しました。
気持ちだけ手にして彼に近づき、茶碗の中に入れました。
その時段ボールを一瞬見ました。
それ以上は読めませんでした。
茶碗には、誰かが差し入れたゼリーが2個と小銭が数枚。
少しでも彼の近くにいてはいけないような気がして、すぐ立ち去りました。
さっきまで友達と飲んでいて、疲れて寝ていると言われてもそう思えるような服装です。
同じ町、同じマンションに住んでいても全く違和感のない様子の若い人なのです。
同世代の人達が、すぐ横を次々に通り過ぎていく足元で・・・

自分の子どもと変わらないくらい人が、困り果てて座り込んでいるように感じて居たたまれない気持ちでした。
あるいはまったく違う見方もできるかもしれません。
でも、私にとってはそれはどうでもよいことです。
なぜならそれは、私自身のためにしたことだからです。
座り込んでいる彼を見て、私の気持ちが揺さぶられ、何かしたいと思った、それだけです。
今回のトルコの地震やウクライナの戦争をはじめ、日本でも大変な思いをしている人は測り知れない中、自分の生活はありがたすぎると思う気持ち。
一方でそれを言い出したらキリがないという開き直りと、非力な自分にできることなど何もないという後ろめたさ。
また、いつ何時私自身が不自由な生活を余儀なくされるかもしれないという不安。
座り込んでいる彼を見た瞬間それらがないまぜになって、そのまま立ち去れなくなったのです。

こういうことがあると、しばし考えてしまいます。
いつも同じなんです。
ちっぽけな自分にできることだけ、できる範囲でするということでいいじゃないかと。
たいていの場合、ここに落ち着くんです。
分かっているんですけど、気持ちがすっきりするまでもう少し時間がかかりそうです。
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